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日記的雑記/2006-9-15

有頂天時代読了

出勤途上で数ページを残して読了。デスクで一気に読み終える。

専攻連絡会 代議会

定例の会議。入試広報、副査案の策定、来年度カリキュラムの検討。ここまで出ほぼ時間切れ。

あさっての全大会で、副査案と来年度カリキュラムの大枠を決定の予定。

高校の後輩H氏

会議中にH氏から電話が入っていたとメモをもらう。
連絡をしてみると、どうもここ数日電話をもらっていたようだ。
でも、火曜の懇親会の呑みすぎで、ちょっと調子を崩したりで、ここ2日ほど出勤していなかったのだった。

で、早速、調整して一杯やりに出かけることに...

彼の勤務先は田町なので、京浜東北線で出かけ、ホームで待ち合わせ、有楽町の同窓会運営のクラブへ。

いろいろと悩みが多いようだね。仕事のこと、子供のこと。私はサラリーマンやめちゃったし、子供はいないし...勝手なことばかり言ってしまった。

授業のノートをとるのは必要なのか、っていう話になって、どうも最近はノートをとることだけしかしない学生が多いようで困る、ということを。話を聞いて考えるためには、ノートをよっぽど早く取るか、ポイントだけメモ書きするようなノートにしなければならないのだと思う。

一生懸命きれいに書いたノートって、後になってみることってあるのか?
ノートをとることで安心してしまっているのではないか。
頭の中にうまく整理できるのであれば、ノートをとることは必須ではないと思う。
もちろん、人間は忘れる動物なのだから、常に考えるというサイクルを続けなければ長期記憶に刻み込むことはできないのだと思うのだが。

それから、すぐに答えを探し始める、というのもちょっと問題。
答えのある問題なら探してもいいけれど、その場合でもいろんな探し方をトライする習慣をつけると、多様なものの見方ができるのではないかと思う。

でも、そもそも、問題が正しいのか、問題は何なのか、これを何とかするのが実は大変な作業だし、問題が明確になれば解決の半ばまで来ているといってもいいのだ。

いわれたことを確実にこなす人は便利かもしれないけれど、そればっかりじゃ、自分の問題を見つ个后還元すれば自分の仕事を見つけ、作り出すことはできなくなってしまう。

そんなことをお酒の勢いで話していたら、そこそこ遅くなってしまって、ベッドに入れたのは翌日になってしまっていた。